目が痛くなる青空に、湧き立つ真っ白な入道雲。
絵に描いたような真夏の空は、あっというまに黒い雲に塗りつぶされる。
突然の雷雨、これもまた真夏の風景。この季節にはよくあることだから、グラウンドに散っていた野球少年たちは、騒ぎながらも慣れた足取りで、それぞれ一番身近な避難場所へと走っていった。
二人きりで投球練習をしていた隆也と元希は、最寄の掃除用具の入っているプレハブ小屋にたどりついた。鍵がかかっているから中には入れない。壁に背中をくっつけても濡れてしまいそうなほど頼りない庇の下、お互い口も開かず、さっきまで乾ききっていた地面を潤す突然の雨を見つめていた。
暗い空に白い光が閃いた。間もなくして叩きつける雨の音にまじって、雷の激しい低い音が響きわたる。
―――近いな。
閃光の直後に聞こえた雷鳴に隆也が危険を感じていると、再び暗雲から落ちる白い稲光が目に焼きついた。
まばたきする間に光が消えると、隆也は心の中で数を数える。
1、2、3、4、・・・・・・
4まで数えたところで、天から地へ世界を震わせるような音が轟いた。
やっぱり近い。これ以上近づいてきたら危ないかもしれない。
ここは安全なんだろうか。この小屋って何でできてるんだろう、落ちたりしないのかな。
激しい雨に弾かれて耳障りな音をあげる庇を不安げに見つめていると、揶揄するような声が降ってきた。
「んだよタカヤ。おまえ、カミナリがこえーの?」
隣にいる声の主を見上げると、からかうような笑みを浮かべている。
「そんなことないですよ」
「意地はんなって、お前さっきからずっーと黙ったままじゃねえか」
「雷の近さを数えてたんです。怖くはないけど危険からは身を守らなきゃいけませんから」
「なんだ、やっぱこえーんじゃねえか」
「怖いわけじゃないです」
「だってお前・・・」
また空が光る。
1、2、3、・・・・・・
こんどは3を数えかけたところで、ガラガラと激しい雷鳴が聞こえた。
ほんの少しだけ近づいてきている。
ふいに目の前に元希の腕が差し出されて、隆也は目を丸くする。
「何やってんすか。濡れますよ」
「濡れねーよ。怖かったらしがみついてもいいんだぜ」
人の悪い笑み、おもしろがっているとしか思えない声に隆也はため息をつく。
「だから、怖くないって言ってるでしょう」
「でも、お前、カミナリ鳴ったらいつもオレにひっついてくるだろ。自分で気づいてねーのかよ」
「そんなことしてませ・・・・・・ああ」
元希の言葉に反論しかけて、はたと隆也は黙りこんだ。
「やっぱそうなんだろ。生意気ばっかいうわりに意外とお前もかわいーとこあんだな」
「いや、そういうわけじゃ・・・つか、離してください」
差し出した腕で体を抱え込まれた。
「遠慮すんなってこうしてたら怖くねーだろ」
「だから、怖くなんて・・・」
腕の中から逃げ出そうとじたばたともがいていたら、雷光を見逃したらしく激しい雷の音だけを耳にする。
「なんか、雷って元希さんみたいですよね」
「はあ?なんだよ、そりゃ」
「うるさいし、いきなりだし」
「・・・で、怖いのか?」
まるで自分を嘲けるような元希の言葉に隆也は首を振った。
「怖くないです。ていうか、オレほんと雷も怖くないですから」
「まだイジはるのかよ。んっと、タカヤって強情ー」
右腕で抱え込んだまま、元希が左手で短い髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。隆也は頭を振って抗うと、しばし躊躇うように上目づかいで元希を窺ってから、しぶしぶ口を開いた。
「元希さん、知ってます?雷って高いトコに落ちるんです」
「ふーん」
「だから、オレがいつも傍に行くのは、元希さんの近くにいたら安全かなー、って」
「へー。・・・・・・ん?」
興味なさそうに聞き流していた元希の顔が引き攣る。
「・・・なんだよそれ、おまえまさか・・・オレを・・・」
「まあ、そういうことです」
「おっまえ、ほんっとイヤな奴だな」
「すみませ・・・」
言葉を封じるように、激しい稲光が空を照らした。
1・・・
数えかける間もなく、いきなり唇を塞がれた。
冷たく湿った唇。雨に濡れた元希の髪から落ちる水滴に鼻の頭をくすぐられる。
目を閉じて、気持ちよさに身を委ねかけたとき、侵入してきた熱い舌に驚いて我に返った。
首を振って、元希の胸に手をついて必死に逃れる。
「なにやってんすか、こんなとこで!!」
「んだよ。どーせこんだけ雨降ってたら、誰にも見えねえよ」
怒った隆也以上に不満そうな顔を浮かべて元希が外をさす。
大粒の激しい雨は、白いカーテンになって視界をさえぎっている。雨の檻に閉じこめられて二人きり。どしゃ降りの音は激しいのに、黙り込むと気まずいくらいの静寂が満ちる。
「そりゃ、そうかもしれませんけど・・・」
見つめてくる元希から目を逸らしたら負け。
隆也の逡巡をのみこむように再び元希の顔が近づいてくる。
雷光が閃いて、端正な顔立ちが浮かび上がった。
―――ほんとに雷みたいだ。
恐ろしいほど綺麗で、目が離せない。
顎に手をかけられ、唇で触れられると体を貫く震えが走る。
雷鳴が轟いた。




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ありがちですみません。元希さんを避雷針にするような隆也も大好きです。
なんだかんだで隆也は元希さんにしびれてます。
(2008/8/4)