思春期の男の子はいろいろ大変なんです 5



怒りもさめやらぬまま、眠りについた隆也は常ならぬ寝苦しさを覚えて、
寝ぼけたままぼんやりと目を開けた。
温かいような暑いような、熱を肌で感じた。誰かが傍にいる。
・・・シュン?
小さい頃、弟と寄り添って寝た記憶がぼんやりと蘇る。
だけど記憶の中の小さくて柔らかな弟の体とは全然違う、そんな違和感が覚醒を促して、
そうだ合宿にきてたんだったと思い出す。
それにしても堅い枕だな、と頭を動かそうとした隆也は、
自分の頬に触れているのが枕ではなく、誰かの腕なのに気がついてぎょっとする。
なっ・・・。
びっくりして体を起こそうとしたが、上から何かに押さえつけられていて動けない。
驚きのあまり一気に目が覚めて、何がどうなっているのか確認しようと目を見開いたら、
白い筋張った首筋と顎だけが見えて、慌てて視線を上げる。

も、も、もときさん?
眠っている元希の顔が触れそうなほど近くにあって、隆也は息を呑んだ。
そろりと顔をうごかせば、元希の右腕が自分の首筋の下に、
左腕が体を覆うように肩から腰にまわされていて、
しっかり抱えこまれているのが確認できた。何が起っているか状況は把握できたものの、
元希に抱きかかえられているという事実に軽くパニックになる。
それでも自分の首の下にまわされた元希の腕が右腕であることを再度確認して
安堵してしまうのは健気なキャッチャーの性だ。
だが、利き腕でないからといっても、こんな不安定な姿勢が体にいいとは思えない。
それにこんな状況に気づいてしまえば自分だってもう寝るに眠れない。
とりあえず元希の腕の中から抜け出そうと試みたのだが、
思いのほか力が強くて動かせなかった。寝る前のことといい、この人は
どれだけ筋肉をつけてるんだと憤る。途方にくれて顔をあげたら、
気持ちよさそうに眠る元希の顔が見えて、いったいどんな寝かたをしたら
こんなことになるんだよ!寝てるときまでオレをからかうつもりか!
と寝顔にむかってやけっぱちのように毒づいた。
目を閉じている元希の顔は、鋭い眼光がないぶん普段の剣呑な空気がなくて
あどけないともいえるほど雰囲気が違う。
つい珍しくて、まじまじと顔を眺めてしまって、ほんとに整った顔をしてるんだよな、
と今さらのように思う。寝顔がまぬけじゃなくて綺麗だなんて男は滅多にいない。
しかも女みたいというわけじゃなく、自分を抱き寄せている腕や肩には
しなやかな筋肉がついていて、一学年しか違わないのに、
もう大人の体になりつつあるのがわかる。
この体が野球のためにどんなに努力しているか知っている。
体も精神も元希はいつもどんどん先に進んでいく。
さんざん振り回されてからかわれて、元希が好きなんてことは絶対ありえないと
思うけど、それでもやっぱり憧れていることは否めない。
自分はずっとこの人についていくことができるんだろうか、漠たる不安が脳裏を掠めた。
オレたち結構いいバッテリーだって、思うんだけどな。
元希さんはどう思ってるんだろう。
ちょっとはオレのこと認めてくれてるんだろうか。

ぼんやりと元希の顔を眺めていたら、静かな部屋の中で、
がさごそと誰かが身じろぎする気配を感じて隆也は我にかえった。
障子越しに青白い光が注ぎはじめている。起床時刻にはまだ時間があるようだが
早くに目をさました連中が起きはじめているのかもしれない。
他人の存在を意識したとたん、再び今の状況に焦りを感じた。
いくらなんでもこんなところは、見られたらやばいんじゃないだろうか。
抱きかかえられて寝てるなんて、さすがにスキンシップなんてレベルじゃないと思う。
榛名には考えすぎなんだとさんざんなじられてるけれど、
今回ばかりは自分の認識が正しいはずだ。
だって息が触れるほど顔が近くにあって、熱いような体温を肌で感じて、
常には意識しない元希のあたたかな匂いを感じてるなんてこと、ふつうじゃない。
そう考えたら、今さらのように痛いほど心臓が高鳴った。
自分は一方的に抱きかかえられてる被害者なのに、
なんでこんな、やましい気分になってしまうんだろう。
どうせ元希は自分になんて何も感じてないというのに。
バクバクする心臓をなだめながら、とりあえず自分の体を押さえつけている
元希の左腕を両手で持ち上げようとしたら、眠っている元希が低く唸って
逆に力強く抱きかかえなおされた。
!!!
言葉にできない悲鳴をあげて隆也が恐慌状態に陥っていると、
本格的に目覚めたらしいメンバーが数人起き上がる気配を感じた。
もうダメだ。
どうしていいかわからなくて、とりあえず見つからないことを必死に祈りつつ
元希の胸に額をおしつけて顔を隠した。

「おい、あれ・・」
願いもむなしくめざとい誰かに、あっけなく見つかってしまったようだ。
早く目が覚めた数人のメンバーたちの、ひそひそ騒いでいる声が近づいてくる。
ピリピリと肌で視線を感じる。笑いを押し殺しながらかわされる囁き声が耳に届く。
ひたすらいたたまれない気持ちになって、隆也は息すら潜めてかたく目を閉じた。
「すげー。いくらなんでもこいつら仲良すぎじゃね」
「つーか、元希がアブねーよ」
「隆也もなあ・・」
「しっかしなんだよこの仲睦まじさ」
「練習中もこーなら、主将も悩まねーのにな」
「あ、そーだ、おもしれーから写真撮っとこーぜ」
写真!?
それだけは絶対勘弁してほしい、どうすりゃいいんだ、と隆也が焦っていると、
不意に体の上にのっていた元希の左腕が離れて軽くなった。
「んだよ、てめーら、さっきからうっせーな」
目を覚ましたらしい元希が、枕から頭だけをあげて這うような声で唸った。
元希の胸に押しつけた額から不機嫌な重低音の響きが伝わってくる。
「てめーらガキか。こんくらいでいちいち騒ぐなよ。タカヤが起きんだろ」
いや、オレもうとっくに起きてます、なんてまさか言えるはずがなく、
目をぎゅっとつぶってひたすら耐えていたら、しばしの沈黙の後、
メンバーたちからおもいがけない反応がかえってきた。
「・・・・そう、だな」
「うん、悪かった。邪魔したな」
元希の言葉で、ヤジに集まってたメンバーたちの気配があっけなく去っていく。
「ったく、静かに寝かせろっつーの」
はき棄てるように呟いた元希は、起床時間ギリギリまで眠るつもりなのか、
布団に体を沈ませると、再び左腕で隆也を抱えこんだ。
なされるがままに元希の腕の中に戻った隆也は、メンバーたちの淡白な反応に戸惑っていた。
絶対ひやかされると覚悟していたというのに、まるで何事もなかったように去っていった。
・・・今回も自分が意識しすぎだったんだろうか?

実際のところ、ひやかしたメンバーたちが黙り込んでしまったのは、
寝起きの元希の凄まじい迫力に圧倒されただけだったのだが
やりとりを元希の腕の中で聞いていた隆也にそんなことがわかるわけもない。
メンバーたちがあっさり去っていったということは、
たいしたことじゃなかったからなんだと合点した。
・・・そうかオレ、また考えすぎだったんだ・・・。
メンバーたちの反応に、隆也は長い迷いから醒めたような気分だった。
これくらい、当たり前のことなのか。
そりゃ男同士なんだから別にひっついて寝たからって
どうにもなるもんでもないんだもんな。
元希さんが言うみたいに、なんでもかんでもエッチに考えてるつもりはねーんだけど、
オレ、意識しすぎてたのかもしんねえな。
そう考えれば、触れているだけで緊張していた元希の体も平気に思えてきた。
そうだよな、同じ男同士なんだし。気にしてたオレがヘンだったんだ。
中途半端な時間に目覚めていたせいで、納得して安心するとたちまち睡魔が戻ってくる。
隆也は遠慮なしに元希の胸に顔を押し当てて、もう少しだけ眠ることにした。
うん、これくらいは当たり前のことなんだ。当たり前。
触れ合った場所から体温以上の熱さを感じてぼんやりとよい気分になってきて、
元希の緩やかな呼吸の動きと、心臓の音に導かれるように隆也は目を閉じた。

・・・でもやっぱり少しだけドキドキするんだ、なんでなんだろうな。