これが恋かと問われれば11
「・・・ねえ榛名、もしかしてお前」
練習を終えたロッカールームで、黙々と着替える榛名にむかって秋丸は声をかけた。
「あんだよ」
「タカヤくんとうまくいってないの?」
「・・・・」
ちょうど着替え終えた榛名は無言のまま乱暴にロッカーを閉じた。鈍い金属の耳障りな音が響く。床においてあったカバンに、無理やり着替えやタオルを押し込んで、力まかせにファスナーで押さえつけるのを黙って見つめていると、観念したように低く呟いた。
「フラレた」
「あー、それは、・・・・・やっぱり」
「んだよっ、やっぱりって!!」
深く頷いた秋丸に勢いよく掴みかかる。
「だって、この頃の榛名見てたら、そうなんじゃないかと思ってたから」
「・・・お前、よくわかんな」
秋丸の言葉に感心したように榛名が手を離す。
「まあ、長いつきあいだからねえ」
「オレだってお前と長いつきあいだけど、そんなんわかんねーぞ」
「あはは、榛名はそうだろうね」
のんびりと笑う秋丸の顔を不審そうに見つめて問いかける。
「・・・もしかして、それでお前にはタカヤのこともわかんのか」
「は?タカヤ?まさか。そんな、タカヤのことまではわからないよ」
「でも前にタカヤの気持ちわかる、とか言ってたじゃねーかよ」
「あー、そういや。そんなことも言ったかな」
それは春大のときのことだ。そんな前のこと、榛名にしてはよく覚えているもんだと軽く驚いていると、拗ねた表情を晒して呟く。
「・・・気にいらねえ」
「なにが?」
「おめーがだよ!なんで、ろくに会ったこともねえタカヤのことがわかんだよ」
「ああ、まあ、それは、同じキャッチャーとしてというか、なんというか」
「だから、オレがタカヤにフラレることもわかってたんか」
「振られるとまでは・・・。ただ、なんでタカヤが武蔵野に来なかったのか気になってたから」
「はあ?なんでそんなん関係あんだよ」
榛名が心底不思議そうに眉を顰める。
「ガッコなんて自分の選んだとこ行くもんだろーが」
「そりゃ、そうだけど。榛名の球受けてて、榛名のことが好きだったら、ふつうは同じ学校を選ぶんじゃないかな」
「そんなもんか?・・・んじゃ、タカヤはオレのこと嫌いだったから武蔵野に来なかったっていうのかよ」
「いや、そこまでなのかは知らないけど・・・・」
言葉を濁したものの、タカヤは榛名のいる武蔵野を避けたんじゃないだろうかと勘繰っていた。
プロを公言し、自分にとって最適な野球ができるという基準で高校を選んだ榛名には思いもよらないだろうが、誰かと野球をするために学校を選ぶことはある。秋丸が武蔵野を選んだのだって、榛名と野球を続けることに興味があったからだ。榛名と組んだことがあるキャッチャーなら、榛名の投球に惹かれ、同じ学校を選ぶんじゃないだろうか。
だけど、タカヤは榛名のいる武蔵野には来ず、新設野球部の西浦へ行った。
不満げな榛名に、秋丸は躊躇いつつも口を開いた。
「そうだなあ・・・タカヤの知ってる榛名は、オレの知ってる榛名とは違うんじゃないかと思うんだ」
「なんだ、それ。オレはオレだろ」
「お前さ、ちゃんとタカヤに話したことあるの?」
「何をだよ」
「その・・・中学の故障のこととか」
「ああ。故障のことはシニアのカントクから聞いてたんじゃねえの。それなりに気ぃつかってくれてたからな」
あっけらかんと榛名が答えるのに、わかってないと秋丸は肩をおとす。
「いや、そうじゃなくて、お前の口から」
たちまち榛名の顔が険しくなる。
「なんでそんなこと言わなきゃなんねぇんだよ。そういうの、根に持ってるみたいでかっこわりぃからイヤなんだよ。前に加具山先輩たちに説明させられたときだって、すげー恥ずかしかったっつーのに」
「だから、それと同じことなんだって」
「は?」
「怪我のことを加具山先輩たちに説明するまで、部活で浮いてただろ」
「あー。そういや・・そうだっけ?」
もはや記憶が曖昧なのか、確信なさそうに首を傾げる。もう覚えてないのかと、半ば感嘆しながら言い聞かせる。
「そうだよ。言い訳みたいでかっこ悪いようなことでも、言葉にしないと他人には伝わらないときがあるんだ。タカヤは榛名のことを、ちゃんとわかってないままなんじゃないかな」
「タカヤには、オレがタカヤのことわかってねえって言われたぞ。そういや、オレがあいつ見て投げてなかったってニシウラのピッチャーにも言われたからよ、ちょっとシニアのときのこと考えてみたんだけど・・・」
眉を寄せて言葉が途切れがちになる姿を、秋丸は気遣わしげに見守る。
中学時代の榛名の荒んだ姿を思えば、今でも身が竦む。
タカヤの中の榛名があのときの榛名だけなのだとしたら、ずっとつきあいたい人間だとは思えないだろう。それでもシニアで最低と言いながらもタカヤは榛名のボールを捕り続けてくれた。そんなタカヤに榛名の友人として深く感謝している。
同時に秋丸は榛名の友人だからこそ、もう昔のことは忘れてしまってほしい。タカヤには申し訳ないけれど、秋丸には目の前にいる今の榛名が大切だった。
「で・・・どうだったん?」
「それが、あんま覚えてねえんだよなー」
「ああ、そう」
息をつめて待っていたぶん、とぼけた返事にたちまち肩の力が抜ける。
勝手なものだが、榛名のその言葉で一気にタカヤへと同情の針が振れた。
そりゃあ、この男につきあっていたらわかってない、って叫びたくなるもなるだろう。
年下なのに、ほんとよくつきあってくれてたよな、と勝気そうなタカヤの姿を思い出して、心の中で手を合わせる。
「でも、オレ、あの頃、あいつに球投げるのがすげー好きだった」
「中学のとき、いつもタカヤタカヤって言ってたもんね。でもさ、それタカヤに言ってあげたことある?」
「言うかよ。そんなこと」
「だから、そういう言葉が足りないんだって。まあ、オレは榛名のそういうとこも好きだけど」
「・・・秋丸に言われても全然嬉しくねー。むしろ、気持ちわりい」
半眼になった榛名がげんなりと肩をすくめる。
「あーあ。タカヤに言われたときは、すげー嬉しかったってのに。あーやべえ、落ち込んできた。失恋なんてかっこわりいー」
大げさに肩をおとす榛名の姿に苦笑する。
「でも、タカヤってそんな榛名のこと嫌ってるようにも見えなかったけどね」
その言葉にガバっと勢いよく身をおこす。
「だよなー!!お前もそう思うだろ!!でなきゃキスさせねえよなー!あいついつも気持ちよさそうにしてたしよ」
「・・・いや、それは知らないけど。ま、気になるなら連絡すれば」
軽い言葉に、榛名の表情がかたくなる。
「それは、もういーんだよ。男はヒキギワがかんじんだからな」
「榛名・・・」
「あー、考えたら腹へってきた。失恋したオレになんかオゴれ」
「甘えんな」
結局まんまと秋丸にコンビニでおごってもらった帰り道、同じ場所でタカヤを紹介したこともあったと榛名は思い出した。今歩いているこの道を、不機嫌なタカヤの腕を捕らえて進んだ。あのときタカヤが怒っていたのは、つきあってる気がなかったからだったんだな、と今さらのように気づく。秋丸に喋ったせいか、別れてからなるべく思い出さないようにしていたタカヤのことが一気に脳裏をかけめぐる。
最近は会ってもいつも言葉少なに、ただじっと自分を見つめていることが多かった。そう、いつもタカヤはあまり喋っていなかった。何か告げようとしても、諦めたように、すぐに口を閉ざしていた。
あいつは、あんなに静かなヤツだっただろうか。もっとああ言えばこう言うで、小憎らしいくらいぽんぽんと言い返してたはずなのに。
そんなことにさえ気づいてなかったんから、ダメになったのか。
いや、そもそもタカヤはオレとつきあってる気もなかったんだったよな。ムナシすぎ・・・。つか、・・・・うわ、もしかしてめちゃくちゃ恥ずかしいんじゃねえか。これ。
口に手をあてて、首を振りながら歩いていると、タカヤと会っていた公園が視界に入る。
でも、オレとつきあってる気もねえのに、あいつはなんでついて来てたんだ。いつもおとなしくベンチに座ってたよな。あんなふうに・・・