これが恋かと問われれば


「阿部君、ちょっといいかな」
放課後、いつものように部室に向っているときに突然声をかけてきた女子に、
阿部はまったく覚えがなかった。
けれど思いつめたような表情を見れば、なんとなく意図はわかる。
こういう経験は初めてではない。
はたして、見知らぬ女子は人気のない階段の踊り場までやってくると
「突然、ごめんね。 もしかして阿部君は私のこと知らないかもしれないけど、 私、阿部君のこと好きなんだ」
と、一息に吐き出すように告げた。
ああ、やっぱり。
どこか他人事のように阿部は心の中でつぶやいた。
どうして女子は見知らぬ自分に告白したりできるんだろう。
中学時代から、こうしてたまに女子から好意を打ち明けられるけれど、 たいがいの女子はろくに顔も知らない子だった。
女ってわかんねー。
と毎度首を傾げる阿部だが、たんに自分が同じクラスの女子ですら 個別認識できていないことには気づいていない。
とにかく、かえす言葉は決まってる。
「あー、ごめん。オレ、今は彼女とか考えられなくて・・」
そうするとたいがいの女子は、そうだよね野球があるもんね、
といったようなことをつぶやいて、慌しく立ち去ってくれるのだ。
今回もどうやら同じような反応だ。
ごくたまに涙をうかべる女子もいて、そういうときはいたたまれない 気分になるけれど、目の前の女子はそんなこともなさそうだ。
「ありがとう!」
それどころか、突然笑顔をむけてきた。
「は?」
さすがにこんな反応ははじめてで、思わず声がもれる。
「ごめんね。知らない子に突然こんなこと言われたらびっくりするよね。 私、ずっと阿部君のことが気になってしょうがなくて、 でも阿部君は女の子には全然興味なさそうだから のぞみ薄なのもわかってたの。なのに、あきらめられなくって どうしても告白だけしたくて、今日告白できたらすっきりしちゃった! ありがとう、じゃあね!!」
慌しく喋りきると、名前も知らない女子は 現れたときと同じように突然去っていった。
誰もいなくなった階段に、阿部は一人残される。
・・なんだったんだ。いったい。
ブラスバンド部が練習をはじめたのか、
プオーと管楽器の音あわせが、人気のない廊下でヤケに大きく響いていた。
ああ、オレも練習に行かなくちゃ。
はじめてでもないので、見知らぬ女子に告白されて動揺することはない。
うつむいていたから、今の女子がどんな顔だったかもすでに曖昧だ。
ただ、別れ際の晴れ晴れとした笑顔がくっきりと鮮やかで、 ラッパの音とともに、奇妙な余韻のように阿部の胸に残った。





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(2007/6/18)