オールスターゲームの当日、埼玉に残った地元組の三橋・沖・西広と、
東京進学組の阿部・花井・水谷・栄口は揃って新幹線で名古屋駅に到着し、
巣山、泉、浜田たちと合流した。
泉と浜田は関西、巣山は名古屋に進学しているので卒業以来の再会になる。
田島が試合に出場するし、名古屋は関東と関西の中間だし、
宿泊なら巣山の下宿にすればいいということで、
今回同窓会を兼ねてオールスターゲームを観戦することになったのだ。
ナゴヤドームに着いて5人で2列の席にそれぞれ坐ると、
阿部がチケットを手配してくれたことを知った浜田が
「オレまでありがとなー」と感謝の声をかけてきた。
巣山や西広たちも「10枚もよく取れたね」としきりに感心するので、
べつに俺は何もしてないぜ、と阿部が返事をする。
「だって、阿部が取ってくれたんだろ?」
「まあ、元希さんに頼んだだけだからな」
ああ、なるほど・・と浜田たちが複雑な顔で納得していると、泉が言う。
「あいかわらず愛されてんな、阿部」
「あー?」
「なんだよ。お前、いまだにモタモタやってんのか?」
怪訝そうな顔をした阿部にむかって、
あきれたように告げた泉の口を浜田がふさぎ、
事情を理解している栄口たち東京組が
「あ、ほら、もうすぐ開会式がはじまるよー」
とその場を無理やりごまかした。
前列に坐る阿部が背中を向けたのを確認した浜田は、
泉の肩をつついて小さな声でたしなめる。
「泉、お前、はっきり言いすぎ」
「だって阿部の奴、他人にはやたら細かいくせに
自分のことには果てしなく鈍いから見ててイライラすんだよ」
「まあ、そりゃそーかもしれねえけど」
たしかに高校時代からあの二人の関係は微妙すぎて
傍で見てると複雑な気分にさせられたものだ。
ましてや竹を割ったような性格の泉なら、
もどかしくなる気持ちはわからないでもない。
浜田が困ったような笑顔を浮かべると、なに笑ってんだと叩かれた。
栄口につられた阿部が開会式を見るともなく眺めていると、
横にちょこんと坐った三橋がおずおずと声をかけてくる。
「あ、阿部君、元気だった?」
「ああ、お前も元気そうだな」
「うん、元気だよ」
「よかったな」
・・・・・。
あいかわらず会話が弾まない元バッテリーだったが、
三年間でそれなりに意思の疎通は図れるようになっていたから、
彼らとしてはこれでも満足しているのだった。
ふと阿部は自分がつまんでいるフライドポテトを、
三橋が物欲しげに見ているのに気づいて、
「何だよ、食いたいのか」
「え、い、そんな」
三橋がふるふると首を振ったが、視線はポテトに釘付けのまま。
阿部はあきれたように自分のポテトをさしだした。
「お前あいかわらず食い意地はってんのな。いいぜ、ほら食べろよ」
「あ、ありがとう。阿部君」
嬉しそうに三橋が阿部のフライドポテトをつまんでいると、
いよいよ試合開始となった。
先発の榛名が姿を現して、
ドームに響き渡る大歓声を当然のごとく浴びながらマウンドに登る。
「あ、榛名さん、が出てきたよ!」
マウンドで足元を確かめていた榛名は、一瞬動きを止めると
阿部が坐っている座席の方向へと視線を向けた。
「あ、阿部君。榛名さん、こっち見てる」
「そーかあ?」
「うん、み、見てる!」
そっけなく否定する阿部に、三橋が興奮したように体を寄せてくる。
「ほら、ね。榛名さん、阿部君を見てる、よ!」
くっつくようにして、阿部の座席に身をのりだした三橋が榛名の姿を指差した。
「まあまあ、落ち着いてよ三橋」
さりげなく栄口が阿部から三橋を引き剥がすと、
(栄口、ナイスプレイ!)
他の面々が心の中で栄口に賞賛を送る。
なぜなら、三橋と阿部の姿を見たらしい榛名の背後から、
凄まじい殺意が立ちのぼっているのに気づいてしまったからだった。
(榛名さん、あいかわらずこえーよ)
浜田
(なんであの殺気に気づかないでいられんだ。あの二人は)
花井
(まあ、三橋と阿部だから・・)
栄口
(すっげー怖かったよ、俺。夢に見ちゃいそう)
水谷
(ボールをこっちに投げてきそうな勢いだったよな)
巣山
(いや、へたすりゃここまで走ってきかねないぜ)
泉
(しかし、座席取ったからって、この距離でよくわかるもんだよね)
西広
(榛名さんには阿部センサーがついてるんだって)
沖
小声で会話を交わすうち、いつもにもまして好調らしい榛名は、
あっけなく三打席連続で三振を奪って、拍手の嵐の中マウンドを去っていく。
「は、榛名さん、す、すごい!」
感動した三橋が興奮して叫んだが、阿部はいたって冷静なままで。
「んー。そうだな」
「か、かっこいいよね!!」
「ああ。まあ。・・・たしかにかっこいいな」
阿部が小さく呟くのを聞いて、栄口が苦笑しながら声をかける。
「ねえ阿部。それ榛名さんに直接言ってあげるといいよ」
「はあ?なんで」
「いや、なんでっていわれても・・」
栄口が言葉につまって困っていると、沖と水谷が助け舟をだす。
「ほら、ほめ言葉って嬉しいものだからね」
「そうそう、投手はほめてあげないと」
「でも、あいつすぐ調子にのるし。べつにオレが言わなくても・・」
二人の言葉に納得できなさそうな阿部にむかって、三橋が断言する。
「お、オレは、阿部君にほめてもらうと嬉しかったよ!」
「・・お前はな」
「榛名さんも、阿部君にほめられたら、きっと喜ぶよ」
「そーか?」
めずらしく三橋に力説され、そういうもんなんだろうかと阿部が考え込んでいると、
「特に彼女からの励ましの言葉ってのは純粋に嬉しいもんなんだよー」
「・・彼女ぉ?」
水谷のうかつな言葉に阿部が眉をひそめる。
「ああ、いやいやいや、例えば、の話!」
阿部に鋭く睨まれて慌てふためく水谷の姿にため息をつきながら、
話を転じようと花井が巣山に声をかけた。
「そういや、今日泊めてもらう巣山の部屋ってどんくらいなんだ」
「え、あ、俺んとこ?ワンルーム8畳でほんとに狭いよ。
10人ギリギリ入れるかなってかんじ」
「ほんとにギリギリっぽいな」
「いいって。狭いとこで寝るのは、合宿で慣れてるから」
「ほんと、泊めてもらえるだけで助かるよ」
西広や沖たちがそう言って次々に感謝の言葉を口にしていると、
それを聞いた阿部が思い出したように告げた。
「ああそうだ悪ぃ。俺は泊まんねえから」
「え?阿部くん、帰っちゃうの?」
隣の三橋がびっくりしたように訊く。
「いや、俺は元希さんのホテルに泊まるから」
「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」
見事なほどいっせいに一同の声が揃った。
「なんか、今日のチケット取るかわりに泊まれって元希さんに言われたんだよ」
「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
めんどくさそうに呟いた阿部の言葉に皆して言葉を失う。
(あ、阿部くん・・)
三橋
(阿部、俺たちのために体を犠牲にしてくれたのか・・)
浜田
(いや、たんに気づいてないだけだろ)
泉
(うん、確実に気づいてなさそう)
沖
(でも、いっそこれでできちゃったほうが、二人のためかもね)
西広
(今まで我慢してた榛名さんがすごいよ)
巣山
(たしかに俺、榛名さんにはマジ同情してる)
花井
(なんせ相手が阿部だから・・・)
栄口
(阿部、とうとう大人の階段登っちゃうんだなあ)
水谷
9人が揃って口をつぐんだものだから、さすがに不審に感じて阿部が問う。
「お前ら、いったいどうしたんだよ」
「いやいやいや、なんでもないよ。阿部」
比較的つきあいの長い栄口が、すぐさま立ち直ってフォローする。
阿部はなおも訝しげな顔をしていたが、ふと隣の三橋を見て驚く。
「おわっ三橋、どうした。お前、なんで泣いてんだ?」
「あ、阿部君。おめでとう。オ、オレ帰ったら赤飯送るね」
「はああ?」
「だって、阿部君、とうとう榛名さんと・・」
三橋の言葉をさえぎるように、花井が叫んだ。
「あ!!見ろ!田島が出てきたぞ!」
「ほんとだ、おーい田島〜!!」
「田島〜!!」
ちょうどいいタイミングで現れる田島はやはり俺たちのヒーローだ。
深く感謝しつつ、西浦メンバーは救いを求めるように田島の名を叫ぶのだった。
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