シニアの練習日、隆也がロッカールームに入ると
先輩たちを中心としたメンバーが、砂糖に群がるアリのように、
露出度の高いグラビアアイドルの雑誌を覗き込んでいるところだった。
当然のように元希の姿がその輪の中にあることを
横目で確認してから隆也は着替えの準備をはじめる。
中学生の男子が考えること、気になることといえば、
学校でもシニアにやってきても同じ。どいつもこいつも女の裸や下ネタだ。
もちろん隆也だって女の体に興味がないわけじゃないから、
その手の雑誌はそれなりに好きだけれど、
ぎゅうぎゅうになった輪の中に入り込んでまで見たいとは思わない。
雑誌を覗き込んでるメンバーたちは、グラビアアイドル嬢を品定めしてるようで、
あの子がいいこの子がいい、それオレとかぶってると騒がしい声が聞こえてくる。
学校の友だちにもよく付き合わされるが、おそらく出会うことなどありえない女を
選んでもしょうがないんじゃないかといつも思う。
「お、この子なんて元希のタイプじゃね?」
「あー、もうちょっと乳がほしーな」
「んじゃ、どの子がいいんだよ」
「んー。そーだな。これっつーのがいねえな。オレ、ネタはタカヤでいいや!」
能天気な大きな声で元希が叫ぶのを聞いて、
着替えを取り出しかけていたタカヤの手からカバンが落ちた。
雑誌を取り囲んで輪になった一同がドッと笑う。
「あぶねー。隆也、逃げとけよ」
「夜も女房にされちまうぞー」
「あんまからかうなよ。隆也は純情だからなー」
元希の言葉にのっかった先輩達のひやかしの声を隆也は無視することにした。
正直、どう言い返していいかもわからない。
いたたまれない気分をもてあましながら落ちたカバンをひろいあげて、
何事もなかったふりをつくろって着替えの服をとりだした。
ひとしきりふざけて大笑いした先輩達も、再び雑誌の話に戻ったようだ。
「ターカーヤ!」
気をとりなおして服を脱ぎかけていたら、
輪から飛び出してきた元希がいきなり背後から抱きついて、
隆也の目の前にグラビア雑誌をかざしてきた。
長い髪の女の子がたわわな胸をぎりぎりまで露にして婀娜な笑顔をうかべている。
「どーだよ、これ」
元希が隆也の肩に頭をおいて、ドギツイ色のページをパラパラとめくる。
心臓がバクンと高鳴ったが、それは雑誌のせいではない。
実はそのことが最近の隆也の一番の問題だ。
気持ちを落ちつけようと俯いて深呼吸をしていると、くっついたままの元希がからかってくる。
「お、タカヤ、真っ赤だぞ。こんくれーの露出で照れんなよ」
「・・・別に照れてなんかいません」
「これお前に貸してやっから、ベンキョーしとけ!」
「いりませんよ、そんなもん」
「いいから、遠慮すんなって」
人の話など聞く耳もたないとばかりに、元希は隆也に抱きついたまま、
強引にカバンの中にグラビア雑誌をねじこんだ。
「それより、元希さん。オレ今、着替えてるとこなんすけど」
「ばーか。そんなん見りゃわかるっつーの」
「邪魔しないでくれませんか」
「邪魔なんかしてねーよ。いっそ手伝ってやんよ、ほらバンザイ」
「触んなっ!!自分で脱げます。あっち行っててください」
「んだよ、男同士だろ。恥ずかしがんなよなー」
「恥ずかしくなんかありません。あんたがうっとおしいだけです」
「てめー、人が親切に言ってやってんのに、なんだよその態度は」
「こういうのは親切じゃなくて、大きなお世話っていうんです」
「んだとっ、この」
「・・・おい、元希」
二人の攻防をみかねた主将が声をかけてくる。
元希と隆也言い合いは毎度のことで、二人の小競り合いは放置しておくのにかぎる
ということはもはや戸田北チーム内の不文律だ。しかし今は、着替え途中で邪魔をされて、
脱ぎかけのシャツが肩にひっかかった半裸状態のまま、真っ赤になるほど必死に元希に
抵抗している隆也の姿があまりに気の毒で、心優しい主将は見るに見かねて声をかけてしまった。
「あー?何だよ」
「えーと、そういや監督が呼んでたような気がするような・・」
振り返った元希の鋭い視線に怯みながら、曖昧なでまかせを言う。
なんだよ、それ、と元希は不満げにつぶやきながらも、
捕まえていた隆也の腕を離すと、監督を探すためにロッカールームから出て行った。
元希の姿が消えると隆也は大きく息を吐いて、助けてくれた主将にペコリと頭を下げる。
「あいかわらず大変だな。女房は」
近くにいた同級生のメンバーにまで同情の声をかけられて、
まーな、と隆也は呟く。
中途半端に首にひっかかっていたシャツをちゃんと脱いで、
着替えのアンダーに手を伸ばしかけたところで、
ふと先ほど元希に触れられた腕を押さえる。
素肌に触れた元希の力強い指は痛いくらい熱かった。
接触したときの感覚を呼び起こしそうになって、首を振って慌ててアンダーを着る。
元希がおもちゃのように隆也をからかってくるのはいつものことだ。
正直、煩わしい。うっとうしい。迷惑だ。
目下の隆也の一番の悩みは、練習時間外に気まぐれに仕掛けてくる元希の行動だった。
いや、ちょっかいを出されること自体については、さすがに半年以上もつきあわされて
いいかげん慣れてきていたのだが・・・・。
問題は、この頃元希に触られるとなぜかどうしようもなく意識してしまうことなのだ。
そんな自分がよくわからなくて、元希に触れられた腕が再びじわじわと熱を帯びてくるのがイヤで、
隆也は乱暴にロッカーを閉じると勢いよくグラウンドへと駆け出した。
明日から合宿なので、いつもより早めに練習時間は終了し、
ミーティングで監督から簡単な注意事項が言い渡されてその日は解散となった。
隆也の隣にいた元希はずっとつまらなさそうにあくびをしていて
あからさまに話を聞いてる様子がなかった。
「元希さん。監督の話ちゃんと聞いてなかったでしょ。大丈夫なんすか」
「あ?どーせ。集合場所行ったら乗せてってくれんだろ」
「・・そりゃそうですけど」
「風呂がでかいってのは聞いてたぞ!」
「ああ、そうですか」
よりによって一番どうでもいいことしか聞いてないんだよな、と隆也は呆れ顔になったが、
そんな表情に気づきもせずに元希が楽しげに言った。
「タカヤの体は俺が洗ってやっからなー」
「なっ、なにバカなこと言ってんすか!」
「なんだよ、男同士なんだからいいじゃねーか」
「そういう問題じゃないでしょう」
「ばーか。考えすぎなんだよ。タカヤはスケベだなあ」
「ちがいます。元希さんがおかしいんですよ!」
「なーんかタカヤってまじめぶってて、むっつりっぽいしよー。
お前、辞書でやーらしい文字見つけて興奮したりしてんじゃねえの」
「誰がそんなことするか!」
「ムキになるとこが怪しいっつの。タカヤのむっつりー」
調子はずれに歌いだす元希に、もはや言い返すのも腹立たしくて、
隆也は背を向けて歩き出す。
「待てよ、一緒に帰ろーぜ」
「結構です。一人で帰ります。さようなら」
「ったく、おめーはすぐに怒んだからよー。冗談が通じねえよなー」
歩幅の大きな元希がすぐに追いついてきて、後ろで文句をこぼす。
「元希さんの冗談はタチが悪いんですよ」
「どこがだよ。こんくらいフツーだろ。タカヤが考えすぎなんだっつの。
ま、お前も頭の中が妄想でいっぱいでもしかたねー年頃だかんな。
何でもエロく感じてドキドキしてんだろー」
「・・・元希さんと一緒にしないでください」
小さく反論しながらも、そう言われるとそうなんだろうかと思えてくる。
たしかに中学で、周囲の友だちが喋ることは下ネタばかりだ。
隆也は率先して喋ったりするほうではないけれど、
知らず知らずのうちに影響されているのかもしれない。
最近、元希の隣にいると落ち着かない気分になるのは、
いつもきわどい冗談で自分をからかってくるのに動揺しているからなんだろうか。
ほどよい距離をおいて歩く元希の顔をそっと窺い見て、隆也はため息をつく。
練習時間は野球に集中しているから全然平気なのに、
それ以外で一緒にいると、なぜか元希のことが気になって仕方なかった。
緊張してしまっておのずと口数が少なくなるのに、元希が不思議そうに問いかけてくる。
「んだよ。まだ怒ってんのか」
「いえ、べつに」
「お前、どっか調子わりいんか?」
「なんともないすよ」
「そーかあ?タカヤが静かなのって気持ちわりー」
そう告げた元希の左手が不意に隆也の額をつつみこむ。
「ん、熱はなさそーだな」
様子を見るように覗き込まれて、とっさに顔をそらせた。
「お、でも顔赤いぞ。お前。合宿あんだから、さっさと帰って寝ろよ」
「・・・うす」
かろうじて返事をすると、その後の帰り道は元希の声に最低限の相槌だけうって、
ひたすら俯いたまま歩いた。
なんでこんなに触れられただけでビクビクしなくちゃいけないんだろう。
自分はやっぱりどこかおかしいんじゃないだろうか。
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