「ふーん」
「なんすか?」
合宿先に到着して、柔軟や軽い走りこみといった準備運動の後、
はじめて隆也は元希と顔を合わせた。
アップの軽いキャッチボールにつきあって、
悔しいけどやっぱり投げてるときの姿はかっこいいよな、と渋々認める。
仕方がない。この肩を好きにならない捕手なんていねえよ。
やはりドキドキするのは、元希さんの肩に憧れてるからなんだろうな、
オレもちゃんと元希さんの全力の球、しっかりキャッチできるようになんなきゃな。
あらためて結論付けると、がぜんやる気がわいてくる。
キャッチボールを終えて投球練習のために移動しながら、
この前読んだ捕球スタイルについて考えていると、元希が隆也の顔を覗きこんできた。
「今日は、元気そうな顔してんな」
「そうっすか」
「よかったな」
ぽんと頭を叩くのは、機嫌がよいときの元希の癖だ。
初めてそうされたときは、自分が認められたようで嬉しかったが、
たびたびされていると、小さな子ども扱いされているような気もする。
それでも自然に顔が弛みそうになって、唇を噛んで複雑な気分で叩かれた頭をおさえていると、
さっさと隆也から離れた元希が、置いてあったスポーツドリンクを飲み始める。
「あっ!それ、オレんじゃないすか!勝手に飲まないで下さい!」
「ケチケチすんなよ。ちょっとくらいいーだろ」
「ちょっとくらいって、元希さん、いつも全部飲んじゃうじゃないすか!」
ペットボトルを奪い返そうとしたら、意外とあっさりと手渡された。
珍しいこともあるもんだ、とペットボトルに口をつける。
「間接キッスー」
スポーツドリンクを飲み込もうとした瞬間、元希に歌うようにひやかされて、
手元が揺らいで気管に水が入る。咽てしまって咳き込んだ。
「いまどき小学生だってそんなこと言いませんよ」
ようやく咳がおさまって、目ににじんだ涙をぬぐいながら軽蔑したように告げる。
「そんなこと言って、ほんとは恥ずかしかったんだろ」
「そんなわけないでしょう。バカじゃないすか」
憤って吐きすてながらも、おもわず元希の唇を見てしまいそうになる自分に気がついて、
慌てて視線をさげる。
せっかくやる気になっているというのに、どうして元希はいつもこんなふうに自分をからかうんだろう。
「・・・さっさと練習に戻りませんか」
意識した途端に、また意味不明のドキドキがはじまりそうになって、
隆也は無表情を装って元希を練習に誘った。
とりあえず野球さえしていれば、こんな奇妙な気持ちから逃れることができる。
救いを求めるように、グラウンドに目を向けた。
しかし、元希はまだからかい足りないのか、その場を動く気配はなく薄笑いをうかべている。
「なあ、タカヤ」
「はい?」
「おまえ、ほんとのチューはしたことあんのかよ」
「・・は?」
「キスだよキス」
バカにしたように元希が告げる。
「・・・な、なんでそんなこと」
「ねーよなあ。タカヤだもんなあ」
「どういう意味すか」
「そのまんまだよ」
「・・・そんなこという元希さんはしたことあるんすか」
「ばーか。教えねえよ」
意味ありげににやりと笑うのを見て、多分したことあるんだろうなと察する。
野球をろくに見ない女子だって、投手だけは知っている。
ましてや元希はこの顔だから、きっとモテるはずだ。
実際、シニアの練習場にまで元希を見にきてる女子を見たこともある。
・・・そんなことオレには関係ないけど。
「んな悲しそうな顔してんじゃねーよ。そのうちお前もできるって」
「悲しくなんかないです。だいたい、そんなことどうだって・・」
「なんでだよ、どーでもいいわけねえだろ」
「とにかく今はどうでもいいです。元希さん、いいかげん練習に・・」
「なあ、タカヤ。オレが教えてやろーか」
「な・・」
色悪に笑いながら肩を掴まれて、ビクっと体が震え咄嗟に後ずさった。
予想外の隆也の過敏な反応に、元希が目を見開く。
自分で自分の動きに驚いた隆也も、掴まれた肩をおさえて気まずげに目を伏せた。
「・・だから、ヘンなことばかりしないでください」
呟くように言うと、元希はむっとした顔になった。
「ヘンなことなんて何もしてねーだろ。隆也が考えすぎなんだっつの。
ったく、キスに興味ないとかいって、お前、やっぱりむっつりだよな」
「んなことありません。元希さんが、おかしなことばっか言うから!」
「キスぐれー、どこがおかしいんだよ」
「・・・・教える、とか言うじゃないすか」
「ばーか。だから冗談だっつーの。お前、ほんとおもしれーな」
吹きだして馬鹿笑いする元希を無言で睨みつける。
どうしてこんなタチの悪い冗談ばかり言うんだよ。こいつわけわかんねえ。
いくらいい投手だからって、本当にこんな奴に憧れてるのか、オレ。
だいたい肩掴まれたくらいで、なんでいちいち、動揺しなくちゃいけないんだ。
おさえたままの肩がズキズキと熱く疼くから、爪を立てて気を散らした。
視線の先の元希は、ひとしきり笑うとそのまま軽く肩のストレッチをはじめ、
何事もなかったように背を向ける。
「おら、いつまで休んでんだよ。さっさと練習すっぞ」
バカにしたように言われて、隆也は慌てて背中を追った。
あああ、もういったいなんなんだよ、この人は!
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