思春期の男の子はいろいろ大変なんです 4



練習ばかりの長い一日を終えて、ようやく就寝前。
広い座敷に手分けして全員で布団を敷き詰めていると、
寝る場所決めるぞー、と主将が声をかけてきた。
「はいはーい!タカヤはオレの隣!」
元希が叫ぶと主将は苦笑いを浮かべながら、じゃ元希と隆也はここ、と
隣り合った布団を指定する。
「・・・最悪」
隆也は思わず小さな声で呟いた。
練習時間外に元希に接近して、これ以上わけのわからない思いをするのはまっぴらだ。
そう思って練習時間の後は食事も風呂も同級のメンバーたちにもぐりこんで
できるだけ元希との接触をかわしてきたというのに。
隆也のつぶやきを耳にした元希はたちまち不機嫌そうな顔になる。
「なんでだよ。バッテリーなんだから一緒にいてとーぜんだろ」
「・・・オレは寝るときくらい離れて、静かに寝たいんです」
「かわいげねーなあ。元希さんと一緒に寝れて嬉しいです、くらい言えよ」
「誰が言うか。つか、一緒に寝るってなんすか。気持ちわりい」
「んだと。お前なー、いっぺん先輩に対する態度ってもんを叩き込んでやろうか」
「?・・わっ」
元希に二の腕をつかまれて部屋の隅、襖で陰になる場所まで引きずられたかと思うと、
不意に足元を掬われて、バランスを失った隆也は布団の海にそのまま倒れこんだ。
何すんですか、と言い返す間もなく、元希が腹の上にのっかってきて
マウントポジションを決められてしまう。
二人がもつれあって派手な音がしたが、布団割りを決めているメンバーたちは襖越しに
「おーいお前ら、あんま暴れんなよ!」
とのんきな声をかけてくるだけだ。
重いし、痛いし、屈辱的な姿勢に隆也がじたばたもがいていると、
上に乗っかった元希が楽しげに見下ろしてくる。
「何すんですか!つか、どいてください!!」
「生意気な後輩にはお仕置きが必要だよなー」
元希の右手が隆也の両手首を掴んで、床にぬいつける。
「ほっせー腕。お前さー、ちゃんと食ってんの?」
乱暴な仕打ちとは裏腹に、元希の顔と言葉は笑っているから
いつものようにふざけているだけで、暴力を振るったりはしないのだろうが、
思うように体が動かせないという状況が不安を煽る。
襖の向こう、すぐそばに他のメンバーたちがいるんだから
簡単に助けを求めることはできる。ただ叫べばいいだけのことなのに、
元希に見おろされていると、魅入られたように声を出すことができなかった。
それに、こんな押し倒されてるようなところを誰かに見られることも恥ずかしい。
「人の顔、ぼーっと見てんなよ。いくらオレが男前だからって照れるだろ」
「誰もあんたのうざい顔なんて見てませんよ。つか、さっさと離してください!」
「だから、そういう生意気な口をきくのをやめたら離してやるよ」
「元希さんがこんなバカなことばかりしなきゃ、オレだって何も言いませんよ!」
「そういう口の利き方が生意気なんだっつーの」
「っつ・・」
長い指で額をはじかれる。子供だましのただのデコピンなのに、
抵抗を封じられているせいかひどく額が熱くて、咄嗟に閉じた目が潤んだ。
「痛いじゃないすか!」
睨みつけたのに、元希がじっと顔を見つめてくるから落ち着かない気分になる。
襖の向こうの声が遠く感じるほど、時間が止まったように見つめられて、
気まずさのあまり顔をそらそうとしたら、黙り込んでいた元希がようやく口をひらいた。
「そーだ。タカヤ、お前。ほんとのチューはしたことないって言ってたよな」
「はあ?いきなり何言ってんすか!」
「昼間の続き、してやろうか?」
「ふざけないでください。絶対ヤです」
「遠慮すんなって」
「遠慮じゃねえよ。つか、そいういう冗談やめろって・・・
ば、ちょっ、・・・ちょっと元希さん!や・・やめっ・・」
唇を綺麗につりあげた元希の顔がためらうことなく近づいてくるから、
焦って捕らえられた腕を動かそうとしたが
押さえつけている元希の腕はビクともしない。
それどころか、ギリリと手首に力をこめられて骨がきしんだ。
痛みに眉をひそめている間にも、さらに元希の顔が近づいてきて、
隆也は必死になって今度は自由になる足をバタバタさせた。
「じっとしてろ」
鼻先が触れそうなくらい近づいた元希が低く囁く声が耳を震わせる。
カッと体に火がついて、動揺と不安と恐怖でぎゅっと固く目を閉じた。
元希の息が頬に触れたと思った瞬間、突然、腰の上の元希が吹きだした。
「・・・・え」
同時に腕の拘束が解かれて自由になって、瞬かせるように目を開くと
上に乗っかったままの元希が腹を抱えて大爆笑している。
笑うたびに体重が掛かって苦しかったが、そんなことも気にならないくらい
爆笑している元希の姿に隆也は呆気に取られていた。
「な・・なんすか」
「ナニお前、目ぇつぶってんだよ!冗談だっつーのに。カワイすぎ!!」
それだけ言うと再び肩を揺らして笑い出す。カーッと顔に体中の血が集まった。
またも元希のたわむれを真剣にとらえて、焦ってしまった自分が恥ずかしい。
「で、でも元希さんが・・」
「ばーか。男同士でキスするなんてありえねえだろ」
ようやく笑いがおさまったらしい元希は、悪びれた様子もない。
隆也に視線を向けると、からかうように告げた。
「いちいち本気にすんなよなー。タカヤのスケベー」
「本気になんてしてません!」
「でも、お前、今、すげーチュー待ち顔だったじゃねえか」
「んな顔するか!つかあんたの冗談はマジで変態ぽいんですよ!いいかげんにしてください!」
「誰が変態だと!いちいち本気にするタカヤが考えすぎなんだっての」
「だって、こんな格好であんなことするなんておかしいじゃないっすか!」
「ただのプロレスごっこじゃねーか。お前、女じゃあるまいし押し倒されたとでも思ってんのかよ」
「な、そんなこと・・・」
「おーい、お前ら何してんだ」
布団割りが決まったらしいメンバーたちが、二人の諍い声を聞いて様子をのぞいてきて、
真っ赤になった隆也を下敷きにしている元希を見て呆れた声をかける。
「元希・・。また隆也をからかってんのか」
「おまえ、いいかげんにしとかないと離婚されるぞー」
「うっせーよ。ただのスキンシップだっつーの」
隆也の上にのっかったままの元希は、したり顔で隆也を見る。
「ほらな、みんなすぐ冗談だってわかってんだろ。おかしいとか騒ぐお前が考えすぎなんだよ。
ほんっと、タカヤはエッチだよなー。たまってんじゃねーの。ちゃんとぬいてんのかー?
いっそオレが手伝ってやろーか?」
「おーい、元希。隆也にセクハラ禁止〜!!」
メンバーたちに笑われて、隆也はますますいたたまれない気分になる。
はたから見れば元希が隆也をからかっていることは一目瞭然らしいのに、
意識しすぎていた自分はなんてバカなんだろう。
「セクハラなんかじゃねーよ。タカヤなんかにヨクジョーするわけねーじゃん。
お前もいつまでも顔赤くしてんなよな。それともほんとにしてほしいんか?」
「・・・。そんなわけないでしょ。あんたが重くて動けないんです。さっさと退いてください」
「おまえ、細すぎるから力入んないんだって。ほれ、鍛えてやっからこのまま腹筋してみろよ」
「うっさい、もういいからどいてください!」
なおも揶揄する態度を崩さない元希の姿が憎らしいほど腹立たしい。
含羞や憤怒といった感情が、理性で抑えられないくらい溢れて涙が滲みそうだった。
「ったく。こえーな。タカヤは」
わざとらしく肩をすくめると、ようやく元希が体の上から離れる。
飄々とした態度に、殴りたくなる衝動をこぶしを握って耐えた。
「あんたが、ヘンなことばっかするからだろ!!」
「お前が勘ぐりすぎてるだけだっつーの。オレのせいにすんなよな」
「どう考えたって、元希さんのせいじゃないすか!」
「どこがだよ」
「全部です」
他のメンバーたちは、終らない口論に、また始まったとばかり
二人をほっといて寝る準備をはじめる。
隆也の声が嗄れかけた頃、就寝を促す監督の穏やかな声が部屋に響いて、
その声をきっかけに、消灯となった。
練習で疲れていることもあって、皆静かに自分の布団へとおとなしく沈んでいく。
不本意ながら元希の隣にされてしまった隆也は、
無言で布団にもぐりこむと隣の元希に背を向けて目を閉じる。
―――タカヤなんかにヨクジョーするわけねーじゃん。
暗がりの中、なぜか元希の言葉が耳に蘇ってきて、布団を抱えて丸まった。
当たり前だ。欲情なんてされてたまるか、と思う。
心臓をスパリと切り裂かれたような、泣きそうな気分になるのは、
たちの悪い冗談につきあわされたからだ。
やっぱりこんなヤツのこと、絶対絶対、好きなわけがない!!!



NEXT→5