阿部とタカヤの×××1
喧嘩して、家を飛び出した。
野球場の見える土手に膝を抱えて座って、風にゆらぐ草に慰められる。
いつものことだ。
やっぱりオレたちどう考えても合わないよな、と呟いて顔を膝に埋める。
これもいつものこと。
隆也が元希と結婚したのは約3ヶ月前のことなのに、100日に満たないその間に、確実に1000回以上はケンカしている。それなのに振りかえればケンカのきっかけが何かわからないことがほとんどだ。
そんな些細なことで、どうして飛び出すほどのケンカになるのか隆也にもわからない。
たぶん、どうしようもなく自分と元希は相性が悪いのだろう。
元希の言葉や態度の一つ一つが気になって、そのことを元希に伝えようとすると、からかわれて、それで思わずキレてしまって、言い合いになって気づけば家を飛び出してる。
家を出たところで行くあてはない。
一度実家に帰ったこともあるけれど、迎えにきた元希と言い争いになって、それなのにいつの間にか仲直りしていて、その場に居合わせた弟を唖然とさせた。両親が居なかったのが不幸中の幸いだったが、さすがにあれは自分でもかなりバツが悪かったので、それ以来ケンカしても実家にだけは帰らないようにしている。
それでいつも家を飛び出した後、自然と足がむかうのは、野球場を見おろすことのできるこの場所だった。
自分とは縁のない、子供の遊び場所のような小さなグラウンドだったが、野球のある場所にいると心が落ち着く。
夕暮れのせまるグラウンドにいきかう白球を眺め、元希と初めて出会った日のことを思い出して、ため息をついた。
シニアの監督から、今日入るピッチャーとお見合いしてみないかと声をかけられたときは、ついにきたか、とうんざりしたものだ。
監督は野球の指導もそれなりに上手いし、人柄も温厚でいい人なのだが、ただ、縁組を取り持つのが大好きという非常にはた迷惑な趣味の持ち主だった。
隆也はまだ中1なので、今まで縁組の話を持ちかけられたことはなかったというのに、秋になって、すっかりチームにも馴染んだせいか、ついに順番がやってきらしい。
そういうことには興味がありませんから、と断ったけれど、さすがに戸田北チーム内で何組ものカップルを成立させてきたという監督は、そう簡単にあきらめなかった。
会うだけのことだし、会えば即結婚なわけでもない、それに相手は投手だから捕手としてもこれから組んでほしいんだよ、と説得され、しまいには隆也も頷いた。
見合いがどうこうというよりも、新しい投手というのに興味がわいたからだ。
それにたしかにお見合いしたからといってすぐどうこうなるものでもないだろう。
そして、実際に会った元希の第一印象は最悪だった。
はなから無愛想な態度で、監督に互いを紹介され挨拶するときですら目をあわそうともしない。
監督が「じゃあ後は二人でな」とその場を離れてしまって気まずい雰囲気の中、元希は興味なさそうに隆也を一瞥した。
「ちいせえな。一年なんか相手にしてられっかよ」
バカにしたような口調で言われたから思わずムッとして言い返したら、「ケンカ売んなよ」と凄まれた。負けたくなくて、威圧的なその目に怯みそうになりながら言葉を返した。
「ケンカなんて売ってま・・」
「オレはムカツイタんだよ」
なんなんだよ、こいつは!
絶対こんなヤツとだけはつきあいたくなくて睨みかえしたというのに、そして元希だって同じように鋭い目で自分を睥睨していたはずなのに。
「てめーの言葉に責任取れよ」
と吐きすてた元希にいきなり襟首を掴まれて、その場で唇を奪われた。
呆然としている間に、そのままひきずられるように監督のもとに連れて行かれて「オレたちつきあいますから」と元希が伝えて、そのあとは自分勝手で強引な手法に振りまわされて、あれよあれよという間に結婚してしまった。
初対面のあの流れで、どうして元希が自分と結婚する気になったのかは、隆也にとっていまだに謎だ。
尋ねてみたところで、きっと元希本人にだってわからないに違いない。
・・・そもそも頭をつかって生きているようなヤツじゃないし。
きっと元希の脳細胞は運動神経の制御の為だけに機能しているんだろう。
隆也から見た元希は本能と衝動だけで生きている動物なのに、そのくせ隆也を追い詰めるような意地悪な言葉だけは、憎らしいほど達者なのが腹立たしい。
そりゃあ元希に押し切られたとはいえ、隆也だって結婚を承諾したのだからけっして元希が嫌いなわけじゃない。ほんとは好きだ。そんなこと口にしたことはないが。
だけどこうもケンカばかりだと、自分の選んだ道は間違っていたんじゃないかと悩んでしまう。
いっそ自分が年上か、それともせめて同い年なら、もうちょっと上手くやっていけるのかもしれない。
げんに昔からの友達の秋丸とか高校の先輩ピッチャーの加具山とは元希も上手くつきあっている。
対等に小突いたり、笑いながら言い合ったりしている人びとの姿を見ると、自分は元希に認められていないんじゃないかと、鬱屈とした思いを抱いてしまう。
―――べつに羨ましいとかそんなんじゃねーんだけど。年下ってだけで認められてないのは悔しいもんな。
恋愛の機微にまだまだ初心な隆也は、自分の中のモヤモヤを嫉妬と名づけて切り捨てることもできなくて、不安定な感情を抱えたまま、立ち上がった。
体を動かせば、少しは気が晴れるかもしれない。
元希に対するこの思いも、いっそ野球のデータみたいに、分析して対策を練ることができればいいのに。
そうしたら、もうちょっと上手に元希に接することができるかもしれない。
そんなことを考えて歩いていたら、ふいに体がバランスを失った。
やば・・。
たわいのない子どものイタズラか、足元には草で結んだ小さな輪が作られていて、ぼんやり歩いていた隆也の足はその中にひっかかってしまった。
物思いにふけっていたぶん、とっさの反応が遅れて、そのまま隆也は顔からつんのめり、体勢を崩して、そのまま土手の緩やかな斜面を勢いよく転がった。