阿部とタカヤの×××2


喧嘩して、隆也が家を飛び出した。
どうせまた、土手あたりで小さくなっていじけてるんだろう。
いつものことだ。
それでも3時間ほど経てば、何事もなかったかのような表情を取り繕って帰ってくる。
泣いてたのバレバレだってのにな。なんであんなに気が強いんだか。
そこがおもしろくてついつい苛めてしまうことに隆也はきっと気づいてないんだろう。
さすがに帰ってきたときまでからかって、徹底的に機嫌を損ねてしまうと面倒なんでこっちも何ごともなかったように接してやる。
これもいつものこと。


そのはずなのに、いくら経っても隆也が帰ってこない。
ヘンに律儀な隆也は、どんなに怒っていてもちゃんと食事の準備だけはする。だが今日はとっくに夕食の時間すら過ぎてしまったというのに戻ってこない。
元希はくり返し目をとおした野球雑誌をソファに放り出した。
いくらなんでも遅すぎる、と時計を睨みつける。
・・・いーかげん、腹へったっつーの。ったく、泣いてて迷子にでもなってんのかよ。
苛苛しつつ立ち上がると、走りこみがてら探しに行くことにする。 ロードワーク用のパーカーに着替えて、外に出るとあたりはすでに夜の気配につつまれていた。

土手沿いの道を軽く走る。夜の土手は、照明も少なくて薄暗い。
走りながら見渡しても犬の散歩をする人の姿があるくらいで、隆也の姿はどこにもなかった。
暗がりと静寂に珍しくも不安な気持ちを駆り立てられそうになって、元希は白い電灯の光にむかって嘯いた。
ったく、めんどくせー。
タカヤのやろー、どこまで行きやがったんだ。
実家に帰っているなら、シュンが連絡してくるはずだし、それ以外の友人のところに行っているとも思えない。
走るペースを少し落とすと小さな野球場が視界の端に映った。グラウンドに導かれるように漠然とタカヤの気配を感じて、立ち止まり、眼を凝らしてあたりをよく見回すと、土手の斜面が途切れた草むらの中、隠れるようにして隆也の体が横たわっているのが目に入った。
仰天して名を叫ぶ。
「タカヤ!」
土手の斜面を駆け下りて、倒れている隆也の傍らに屈みこんだ。
「おい、タカヤ!」
「・・・ん」
声に反応して、ピクリと体が動いたことにとりあえず安堵する。
草で切れたのか頬に赤い血がうっすら滲んでいるくらいで、ぱっと見たところ目立った外傷はなさそうだった。揺さぶり過ぎないように、そっと背中に入れた手で抱き起こすと、隆也の瞼が震えた。
「・・・もとき、さん?・・なんで?」
ゆっくりと瞼を開いた隆也は焦点の合わない目で元希を見る。
「大丈夫か?おま、なんつードンくせーことしてんだよ」
「・・・・」
「おい、どっかイテーのか?」
「・・・・」
まだはっきり覚醒しきれないようで、言葉もなく隆也は緩やかに首を振った。
「じゃ、とりあえず帰っぞ。歩けるか」
黙ったままコクリと頷いたが、立ち上がろうとしてそのまま体勢が崩れたから慌てて抱きとめた。
「ったく、しゃーねえな。ほら」
隆也に背を向けてしゃがむと、顔だけで後ろを見て背中に乗れと目で指図する。
ためらうようなタカヤの表情に、抵抗されるかなと思ったが、おとなしく身を預けてきた。おそるおそる伸ばされた腕を捕らえて、自分の首にまわすとそのままおんぶして立ち上がる。
「だー、重てえ。てめー、ちゃんとこの借りかえせよ」
「・・・・」
「おい、タカヤ?」
「・・・・・・ゆめ、だな」
小さい声が耳元に届く。
「は?タカヤ?何言ってんだ?」
そのまま返答がないので、振り返るとタカヤは目を閉じていた。
「寝てんのかよ。ったく人を心配させて、気楽なヤツだな」
そうぼやきながらも、自分よりも小さな身体をしっかり背負いなおすと家路をたどった。

家についてもまだ隆也は眠っていたので、寝室までつれていって、ベッドの上に転がした。
自分に比べれば小さくて軽いといっても、さすがにずっと背負って歩くのは疲れる。
軽くストレッチしながら、眠っている隆也を見下ろすと、穏やかな柔らかい寝息をたてている。
「クッソ。幸せそーに寝やがって」
悪戯心がわいてきて、寝ているタカヤの頬についた赤い擦り傷にゆっくりと舌を這わせた。
「・・・んん」
傷口に沁みたのか、頬をピクンと小さく痙攣させて呻く。
過敏な反応に気をよくして、眠る隆也の体にの上に馬乗りになって再び顔を近づけると、もう一度軽く傷にキスしてから、顎のラインを唇で辿って耳朶にパクリと噛み付いた。
「・・・っっ」
ビクッと体の下で隆也が跳ねて、目を見開く。
顔を覗き込んでさらに鼻の先を唇で優しくついばんでいると、大きな目を慌しく瞬かせて、ぼんやりしていた隆也の目の焦点が定まった。視線をあわせて宥めるように口だけで笑みをつくると、頬を指でなぞって、無防備に薄く開いている唇にキスを仕掛けた。

「ってーーー!!!」

唇を奪いかけたその直前に、不意打ちで隆也に渾身の力で突き飛ばされて、元希はベッドから転がり落ちそうになる。
「てめー、なにすんだよ!!」
「あ、あ、あんたこそ、なにやってんだよ!!」
逃げるようにベッドの奥に後ずさった隆也が、怯えたように叫ぶ。
「なにやってんだよ、じゃねえだろ。お前がグーグー寝てるからキスして起こしてやろうとしたんじゃねえか」
「キ・・キ・・キ、キスって・・!あんた何考えてんだよ!頭おかしいんじゃねえの!」
「んだと、亭主に向って、なんだそのものいいは!」
「なんであんたが亭主なんだよ!・・つーか、ここどこなんだよ!」
隆也は、自分の置かれた境遇がまるでわからないといった様子で、不安げに慌しく左右に目を走らせる。
「どこってお前の家じゃねーか」
「違う!だいたい、それになんであんたが一緒にいるんすか?」
「オレの家だからだろ」
「・・・・オレの家なんじゃないんすか?」
「そうだよ」
「じゃあなんであんたの家なんですか?」
「オレとお前の家だからに決まってるだろ・・おい、タカヤ・・おま」
さすがにどうも様子がおかしいと、元希が訝しげに眉をよせる。
「なっ、オレとあんたと家ってなんなんすか!!」
「そのまんまだろ。オレたち結婚してんだから」
「・・・・・結婚?・・・オレと・・あんたが?」
大きな目を見開いたままで、隆也の動きが止まる。と思うと、倒れこんで布団を頭から被りこんだ。
「・・・おい、タカヤ?」
上から覗き込むと、布団ごしにくぐもった呟きがもれてくる。
「夢だ。夢だ。絶対夢だ。夢、夢、夢・・・・・」
「おーい、タカヤ?」
上から覗き込むと布団の隙間から見えた隆也は、眉間に皺が寄るほど、かたく目を閉じて元希の声に反応しようともしない。
いくらなんでも様子がおかしすぎる。
一体なんだっていうんだ、もしかして土手から落ちたときに頭でもうってしまったんだろうか。
―――明日になったら病院に連れてくか。
鼻白んだ様子で元希は隆也の隣に戻ると、さすがに手を出すのはあきらめて自分も眠ることにした。



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(2007/11/4)