阿部とタカヤの×××3


「榛名。・・・いや何でもないや」
「んだよ。気持ちわりーな。ちゃんと言えよ」
部活の帰り道、言いかけた言葉をのみこんだ秋丸を榛名がつっつく。
あからさまに失敗したといわんばかりの表情をうかべた秋丸が観念したように答えた。
「その顔どしたん、って聞こうとしたんだけど、どうせまたタカヤくんにいらないことしたんだろうなってわかったから、もういいよ」
「顔はタカヤのせいだけど、オレなんもわりいことしてねーぞ」
頬を赤く腫らせたままの榛名が胸を張るのを、半眼で見る。
「ああ、そう・・まあ、いいかげんにしておかないと隆也君に逃げられるよ」
「ちげーよ、だから、これは・・」
ムッと反論しようとした榛名は言葉をとぎらせると、珍しく逡巡するように唇に手をあてた。
「・・なあ、秋丸。今日うちに寄ってけよ」
「あー、遠慮しとく」
「何か用があんのかよ?」
元希が不満そうな表情をうかべる。
「まあ、それもあるけど、もう遅いだろ。・・・それに、オレがこの世で一番行きたくない場所は新婚夫婦の家なんだ」
「へー、そうなんか。でもお前、うちに来たことあったよな」
「・・・だから行きたくなくなったんだよ」
秋丸がこめかみを抑えながら低い声で呟く。
新婚榛名邸訪問・・・それは秋丸にとって二度と思い出したくない忌まわしい記憶だった。
「ふーん。じゃ、また今度来いよな」
「お前、人の話、聞いてる?」
「聞いてんよ。今日は無理ってことだろ。あのな・・・タカヤがヘンなんだ」
相変わらず自分勝手ないいざまに、このまま別れを告げようと背中を向けかけた秋丸だったが、元希の言葉に動きを止める。
「隆也君が?どうしたの、体の具合でも悪いの?」
「んー。そういうわけじゃねんだけど・・」
めったにない元希の歯切れの悪い喋り方に、秋丸は首を傾げて次の言葉を待つ。
「あいつ、タカヤだけどタカヤじゃねえって言うんだよ」
「何それ?」
「オレだってわかんねえよ。ただ、絶対オレと結婚なんかしてないって言いやがんだ」
ふてくされたように元希はいったん言葉を途切れさせる。
「あいつさー、昨日ケンカして出てったときに、土手で転んで気ぃ失ってたんだよ。で、つれて帰ってからなんか様子がおかしくて。今朝なんて起きていきなり、なんであんたが一緒に寝てるんだってしばかれたんだぜ。それがコレ」
さきほど秋丸に指摘された頬の傷を指す。
「もしかして、転んだときにどっか頭でも打ったんかなー。けど、そんなことあっかな?」
「それ、病院連れてったほうがいいんじゃないか」
眉をひそめて聞いていた秋丸が、心配そうな声になる。
「だよなー。でも、ヘンな話、たしかにタカヤなんだけどタカヤじゃねえっぽいってのもほんとなんだよ」
「はあ?」
「んー、目とか態度が、タカヤじゃねえんだよなー。なんつっていいのかわかんねえんだけど。なんかオレにすげー距離とってやがんの。もしかして、あいつほんとにオレのタカヤじゃねーんじゃないかって気がすんだ」
「・・・よくわからないんだけど」
「オレにだってわかんねーよ。そんな気がするだけ」
「話を聞いただけじゃよくわかんないんだけど、とにかくやっぱり病院じゃないか?」
「そうだよな。ま、とりあえず帰って様子見てからだな」
至極まっとうなアドバイスに頷きつつ、元希は心配顔の秋丸に別れを告げた。


元希が家に帰ると、真っ暗な部屋のどこにも隆也の姿がなかった。
同じように野球の練習をしているとはいえ、いつも中学生の隆也のほうが帰宅時間は早い。
今日は遅くなってしまったから、もう10時近いというのに、こんな時間帯に隆也が家に居ないなんてありえないことだった。
昨夜からの不可解な態度といい、常にはないことばかりで元希は舌打ちする。
様子がおかしいのはわかっていたのだから、連絡を入れるなり手を打っておけばよかった。
とりあえず居場所を確認しようと、携帯に電話を入れると、玄関の向こうから小さな電子音が響いてくる。眉をひそめて、玄関を開けるとちょうど帰ってきたらしい隆也が携帯を手に戸惑ったようにたたずんでいた。
手の中の携帯を切った元希は、苛立ち顔のまま問いかける。
「こんな遅くまでどこ行ってたんだよ」
「・・家に」
鋭い元希の目から逃れるように目を伏せた隆也が答えるのを聞いて、とたんに元希の口調が和らぐ。
「あー、で、どうだった?」
「・・・・オレたち、ほんとに結婚してるって」
「んだよ。わざわざそんなこと確かめに行ったんか」
呆れたような元希の言葉に黙ったまま頷く。
「・・・・家に居たかったのに、母さんに叩きだされた」
「へー」
「・・・あんたたちの夫婦ゲンカはシュンに悪影響を与えるから帰ってくるなって」
「ぶはっ、おめーのかーちゃん、ほんとシュン命だよな」
隆也の言葉にふきだして、元希が肩を震わせる。うつむいていた隆也が弾けるように声を荒げた。
「お前らふだんいったいどんな生活してんだよ!!」
「べつに。ふつーにラブラブに暮らしてるだけだっつーの」
「信じらんねえ・・」
頭を抱えて隆也が蹲る。
「なんで信じらんねーんだよ。オレにはそのお前の態度が信じらんねーよ」
「よりにもよって、どうしてあんたなんかと・・」
「そのあんたなんかと、っていう言い方がすげームカつく」
「だってオレとあんたはもう・・」
「もう、何なんだよ?」
「だいたい、オレの知ってる榛名元希は、オレのことなんて・・・」
言葉を途切れさせる隆也の姿に、元希はため息まじりの声をかける。
「あー、とにかく、中入れよ。もう遅いし、身体が冷えんだろ」
隆也は躊躇いを見せつつも、たしかに冷たくなってきた身体を自覚して、無言でおとなしくしたがった。


隆也が母親に持たされたという惣菜で空腹を満たして元希が風呂からあがると、隆也は居間のソファに毛布一枚かけて丸まって横になっていた。
「・・・お前、そんなとこで何してんの?」
乱暴にタオルで髪を拭きながら、首を傾げる。
「オレ、ここで寝ますから」
「はあ?なんでだよ、一緒に寝りゃいいだろ」
「遠慮しときます」
「んなとこで寝たら、体もいてーし、風邪ひくぞ」
「そんなにヤワじゃありません」
あくまでもそっけない態度を崩さないタカヤに、だんだん元希の目が険しくなってくる。
「ヤワじゃねーって、そういう問題じゃねえよ。だいたいいつもは一緒に寝てんじゃねーか」
「寝てません」
「寝てんだよ!」
「だから、オレはあんたの知ってる隆也じゃねえって言ってるだろ!あんたと一緒に寝るだなんてありえねーんだよ!!!」
「あーー、もうお前、わけわかんねえ!!とにかく、タカヤの体はオレのもんだから」
タオルを放り投げると、主張するようにがしりと隆也の身体を抱きしめる。
「・・っ、ひっ!!」
うわずった声をあげた隆也がやみくもに拳をふるう。
「ってー。何すんだよ!!」
「あ、あ、あんたこそ何してんだよ。ヘンなとこ触んな!」
「ヘンなとこって、お前ここ触られんの好きじゃねーか」
「ありえねー。ちょっ、近寄んなって!!」
振り回していた両腕をあっさり捕らえられた隆也は、近づいてくる元希の顔を回避しようと懸命に身体を捻る。頑なな隆也の姿に元希が額をおさえた。
「・・・まさか、最初からやり直しかよ。勘弁してくれ・・・」
「最初からも、なんもねーよ!!とにかくオレに触んな!」
元希がげんなりしたスキをついて捕らえられた腕をふりほどくと、隆也は自分の身を守るように両手で毛布をしっかりと身にまきつける。 逆毛を立てた猫のような姿に、元希はため息をつく。
やっぱりこいつはタカヤだけどタカヤじゃない。本能的にそう感じた。
再び息をつくと、降参したように両手を挙げてみせる。
「わかった。んじゃ何もしねーから、とりあえず一緒に寝るだけな」
「・・・・」
警戒心をあらわにしたままの隆也に言い聞かせるように告げた。
「お前がそこで寝るっていっても、それはタカヤの体だからな。ぞんざいに扱われちゃ困んだよ」
元希の言葉に、考えるような少しの間をおいたあと、隆也はしぶしぶ口を開く。
「・・・わかりました。そのかわり、絶っ対!オレに触んなよ!!」
「はいはい、触んねーよ。あーあ、女みてえなこと言うのな、お前」
「うっせー。あんたがヘンなことばっかしようとするからだろ」
勝ち気に睨みつけてくる目を真正面から受け止める。姿形はいつもの隆也なのに、やはり目が違う。こいつが本当に隆也ではないのだとしたら、いったい自分の隆也はどこに行ったというのだろう。
―――ダメだ。さっぱりわかんねえ。
「・・・お前さあ、なんでこんなことになったんかわかる?」
「まったく、わかんないす」
「昨日、オレが見つけたとき、お前、土手から落ちたみたいで気を失ってたんだよなあ」
「そうっすか」
「お前さ、もう一回土手行って転がってくるか?オレがつき落としてやっから」
名案を思いついたかのように、笑顔で誘う元希を醒めた目で見返す。
「・・・・あんたついさっき、この体をぞんざいに扱うなっていったよな」
「あー、そうだっけ」
本気で心当たりがないとでもいうように首を傾げる元希を半眼で見据えて隆也は呟いた。
「・・あんたやっぱり最低だ」



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(2007/11/4)