うちの次の練習試合の相手は同じ地区にある武蔵野第一高校。
それを知ったとき、すごい投手と対戦できると喜んだのは田島だけで、
オレらは、どうしてよりにもよって武蔵野なんかとの練習試合を組んだんだって
モモカンの選択を恨んだもんだよ。もちろん怖くて口には出せないけど。
オレらがなんで武蔵野第一との試合を敬遠するのかというと、
それは我らが強面キャッチャーの阿部が、武蔵野第一の投手榛名さんと
シニア時代にバッテリーを組んでいて、それが阿部にとって
決して楽しい思い出ではなかったらしいことを知ってるからだ。
なんせ、あのシュゴーってすっごい球投げる人のこと、
平然と最低よばわりしてるんだからね。さすが阿部というかなんというか。
そんな阿部が榛名さんのいる武蔵野第一と対戦するとき、どうなってしまうのか。
オレたちとしては、心配せずにはいられないわけ。
そりゃあ、いつかは大会で武蔵野第一と対戦するときだってあるだろうけど、
そのときはそのときってことで、何もわざわざ練習試合なんかして、
対戦回数を増やさなくてもいいんじゃないかなあー。
しかもオレたちの不安を煽るように、武蔵野第一との練習試合が決まってからの
阿部の態度がこれがまたねー。
もともと阿部は短気でキレやすくて怒りっぽい。
本人からすると怒ってないらしいんだけど、オレからみると怒ってるようにしか見えないんだ。
そんな阿部の短気さに拍車がかかって、理不尽なくらいすぐ怒鳴る。
そうなると当然のように三橋がビビリまくって情緒不安定になっちゃって、
そんな三橋の姿にさらに阿部がイラつくという、悪夢のような負のスパイラル。
もちろんそんなバッテリーの状態を心優しいオレらが無視できるわけがないから、
栄口と田島と泉が三橋を慰め、花井が阿部にそれとなく注意して・・
え?オレは何もしてないじゃないかって?
いやいやオレは三橋の代わりに阿部にウザがられるという、
ハイリスク・ノーリターンの危険な任務をこなしちゃってるわけなんだよ。
そんな地道なバッテリーの修復作業に神経を費やされる日々ばかり続いて、
何これ、もしかして練習試合という名の精神修行?
それに阿部、練習試合が決まっただけで、そんな不機嫌になっちゃって
実際に対戦したときはマジでどうなっちゃうんだよ。
精神的疲労がピークに達して、こうなったらもう好きにしてくれー、
と叫びだしたくなる頃、ようやく練習試合の当日がやってきた。
昨日までは爽やかな青空が広がるいい天気が続いてたっていうのに、
この日は朝から空いっぱいにどす黒〜い暗雲が低く重く立ち込めていて。
これってまるでオレたちの心境をそのまま表したみたいだよねー。
こんな天気なら、いっそどしゃ振りになって試合中止になればいいのに、
ギリギリ雨だけはまだ降り出す気配はないってとこが、どこまでも皮肉なんだよなあ。
試合前、ベンチで不機嫌の頂点ここにきわまれりといった仏頂面の阿部に
近づくものは誰もいない。オレも日ごろはやぶへびな行動が多いんだけどさ、
さすがに今日の阿部の背中には「さわるな、危険」って赤い文字が見える。
とはいえ、ほったらかしにしておくこともできないんだろう、
面倒見のよいキャプテンの花井が、阿部に声をかけた。
まるで罰ゲームで猛獣の檻に入っていく若手芸人みたいな表情だけど、
その男気だけでオレは惚れちゃうね。
「おい、阿部」
「何だよ」
地を這うような声で返されて、花井はいきなりくじけそうだ。
がんばれ、花井!オレがついてるよ。ま、ここで見てるだけだけど。
心の声援が届いたのか、花井は息を深く吸って再び話しかけた。
「阿部。あのな、気持ちはわかるから・・。頼むからもうちょっと落ち着いてくれよ」
「オレは落ち着いてるよ」
「落ち着いてねえよ。お前がそんなだから三橋の奴すっげービクビクしてるぞ」
「あいつはいつもあんなだろ」
「ま、たしかに・・。いやいやそんなことねーよ。
だいたい投手を安心して投げさせるのも捕手の仕事だろ」
「・・・・それは、そうだな」
花井の「捕手の仕事」という言葉に、ふっと阿部から刺々しい気配が弱まった。
さすが捕手バカ、投手第一の阿部だ。
そうなんだよね、阿部は言動が雑で怖いヤツだけど、投手への気遣いは半端じゃない。
オレ、高校入って阿部を見て、はじめて捕手が女房って言われるわけがわかったくらいだし。
それにしても、花井はやっぱりすごいよなあ。さすがオレらが選んだキャプテンだよ。
まるであれだね、手負いの獣をてなずけてるナ×シカみたい。オレ感動しちゃったな。
おかげで久しぶりにチーム内に平和がもどりそうな雰囲気で、
やっぱこうじゃなくちゃ、と穏やかな空気をあじわっていたのに、
「あ、榛名がこっちに来っぞ」
ずっと武蔵野第一を観察してる田島があげた声に、ベンチの空気が再び凍りついた。
あの、田島?今、さりげなくオソロシイことを言わなかった?
おそるおそる田島の視線の先をたどれば、遠目にも大きく見える投手が
まっすぐこちらにむかってくる姿が見える。
うわー、ほんとだ。榛名さんだよー。
春大会のときもビビらされたけど、この人マジで雰囲気が怖いよね。
いや、顔だけ見ればね、整ってて男のオレからみてもかっこいいわけだけど、
あの目がね。迫力あるんだ。しかも綺麗に吊りあがってるせいか凄い威圧感がある。
そういや阿部の目も、たいがいキツイんだけど、ほら、あいつタレ目だから。
そのぶんコワさが軽減されてるよね。あーほんと阿部がタレ目でよかった。
ツリ目の榛名さんが一直線にやってくるその先にいるのは、タレ目の阿部だ。
いや、だからなんだって言われても困るんだけどね。
早足であっという間に阿部の真正面にたどりついた榛名さんは、
ベンチを覗き込むようにして立ちはだかった。
「よお、タカヤ」
「・・何してんすか。あんたんとこのベンチはあっちでしょ」
これ以上はないってくらい眉をしかめた阿部は、榛名さんを目の前にしても
座ったままで立ち上がろうともしない。
いくらなんでも度胸ありすぎだよ、阿部。
しかも春大会のときより、態度が悪くなってない?
一触即発の空気に、オレらは息をのんで二人のやりとりを見守る。
「んだよ。せっかく人が会いに来てやったってのによー」
「オレはこんなとこで、あんたの顔なんて見たくもないです」
「んだと、お前、先輩への礼儀ってもんがなってねえんだよ」
「試合前に敵チームのベンチに来るほうがよっぽど礼儀知らずだろ」
「っこのやろう。なんだその口の利き方は」
阿部の冷徹な言葉に榛名さんは今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
それにしても阿部、いくらイヤな思い出のある相手だからって
一つ年上の先輩によくもまあ、そんな口が利けるもんだよね。
まさか、榛名さんとバッテリー組んでたときからそんなだったの?
かわいそうに、超常識人の栄口なんて、心配のあまり顔色が真っ青になっちゃってるよ。
阿部の態度の悪さもここまでくると尊敬モノだ。だってケンカ売ってる相手は、
この榛名さんなんだよ。高い上背、筋肉のついたがっしりした身体、
キャッチャーにしては華奢な阿部に比べれば、その体格差は歴然としてる。
もちろん阿部だけじゃなくて、オレたち1年生だけの西浦メンバー全員と比べてもそうなんだけどね。
でも、もうこれって学年は関係ないか。だって、どんなにプロテイン飲んだって、
ここまでデカくはなれないだろうなあ、来年のオレ。
それはさておき、そんなデカくて怖そうな榛名さんに低い声で吼えられても、
慣れているのか阿部は怯えるような素振りもない。
それどころか、うつむいて何かやってる・・・って、あれ、何持ってるの?
ええ!?携帯?メール打っちゃってんの?阿部!?
榛名さんを前に、信じられないまさかのパフォーマンスだよ。
もちろん、そんな阿部の姿に榛名さんが怒らないわけがない。
「オレを無視していきなり何やってんだよ、てめえは!」
「見ればわかるでしょ。メール打ってるんです」
「誰にだよ!」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係ないわけねーだろ、見せろよ」
「やめろって」
とうとう携帯を奪おうとする榛名さんと阿部の攻防がはじまってしまった。
あーあ、ついに接触しちゃったよ。今日は遮るフェンスがないもんなあ。
阿部の隣にいた花井は、かわいそうに胃のあたりを抑えちゃってる。
きっと花井のことだから、これオレが止めなきゃならないのか?って悩んでるんだろうなあ。
そうこうしてるうちに、体格と腕力の差にものを言わせた榛名さんが携帯を奪い取って、
なおも取り返そうともがく阿部を片手でかわしながら、中を確認しようとする。
「榛名!」
そのとき、一喝するように榛名さんの名を叫んで武蔵野第一のメガネの捕手が現れて、
容赦なく後頭部を叩いた。うわっ痛そうー。
予想外の背後からの攻撃に、さすがの榛名さんも頭を抱えてその場にうずくまる。
「ってーな、なにすんだよ秋丸!」
「なんだよじゃないだろ。お前こそ何やってるんだよ。試合前だぞ」
「うっせーな。ちょい挨拶しにきただけだろ」
「なにが挨拶だよ。どうせまたタカヤ君にちょっかい出してたんだろ。
まったく、どこに行ったのかと思ったら・・」
秋丸と呼ばれたメガネの捕手の人は、あきれはてたように榛名さんを睨みつけると、
その手にあった携帯をすばやく取り上げて、阿部に手渡した。
「あ、タカヤ君、メールありがとうね」
「いいえ、どういたしまして。こっちこそ助かりました」
温和な笑顔をうかべる相手には、さすがの阿部も穏やかに対応する。
ああ、そっか。さっきのメールはこの人にむけて打ってたわけね。
それを聞いた榛名さんは、なぜか焦ったように阿部に掴みかかった。
「おい、タカヤ、なんでおまえが秋丸のメール知ってんだよ!」
「そんなん、あんたに関係ないでしょ」
「こら、榛名、いい加減にしろ。さっさと帰るよ」
阿部を掴んだ榛名さんを手際よく引き剥がすと、
メガネの捕手の人は、オレらを見て「うちのバカがお騒がせしてすみませんでした」と
丁寧に謝って、なおも阿部と睨みあっている榛名さんを引きずっていく。
「ほら、榛名、行くよ」
「ってーな。わかってんよ。バンバン殴んな。くそ、タカヤ、てめー覚えてろよ!」
去り際に榛名さんが指差したけれど、阿部はそっぽを向いて無視を決め込んでいた。
うひゃー。阿部の心臓には絶対毛がはえてるに違いないよ。
榛名さんという騒がしい嵐が去っていくのをオレたちは唖然として見送った。
何はともあれ、乱闘にいたらなくてよかったよね。
ほっと一息ついていると、興味深げに一連のやりとりを眺めていた田島が
耳を疑うようなことを呟いた。
「ふーん。阿部は榛名と仲いーんだな」
「あ”?」
阿部が言葉にならない声をあげ、この上なくイヤそうに田島を振り返る。
田島ー、それはありえないでしょ。
今のやりとりのどこをどー見たら、そんなことが言えるの?
それともやっぱ、田島ってオレらに見えないモノが見えちゃってるの?
「絶対ありえねえから。ヘンなこと言うな」
阿部が凶悪な目で鋭く睨みつけると、田島はあきれたように告げる。
「阿部はほんとすぐ怒るよなー。短気は損気って、うちのばーちゃんが言ってたぜ」
「うるせえ」
そしてようやく試合がはじまった。
榛名さんとのやりとりで額に青筋が浮き出た阿部の表情に恐れをなしていた三橋も、
いざマウンドに登れば、相変わらずの見事なコントロールを駆使したピッチング。
さすが半端じゃないマウンドジャンキーぶりだ。
一方の武蔵野第一は控えの投手が先発。
阿部が言うには榛名さんはゲンミツに球数制限してるっていうから、
いまだにそのままなのかなあ。
ま、いきなりあの豪速球の打席にたつのは怖いからオレは全然構わないんだけどね。
一、二回は両校無得点のまま過ぎて、三回裏のうちの攻撃。
先頭バッターの泉が投手をつかまえて、栄口がいつもどおりの完璧なバントで送って、
さらに巣山が続いて、1死で1ー2塁。
ここで登場するのが頼れる4番田島とくれば、絶好の先取点のチャンス!
なんせ榛名さんが出てくるまでに、取れるだけ点を取っとかないとね。
田島がバッターボックスに入って、まず一球目・・とここでいきなり激しい雨が降り出した。
しかもマウンドが霞むほどの豪雨なもんだから、たちまち一旦試合休止になる。
みんなして、ベンチの中から様子を見守っていたんだけれど、
空には果てしなく真っ黒な雨雲が広がって、おまけに遠くからは雷の音まで響いてくる。
モモカンは篠岡が準備した最新の天気予報を確認してて、
どうやら今日は終日、こんな荒れた天気になるらしい。
こりゃ試合中止かなあ、って泉や沖と喋ってたら案の定、伝令が走ってきて
あっけなく試合中止が決定した。
楽しみにしていた榛名の打席に立つことも出来なかった田島だけは
悔しがっているようだったけど、それ以外のメンバーはさっさと
試合終了になったことに心底安心しているようだった。もちろんオレも。
だってこんな心臓に悪いだけの練習試合なんて長々と経験したくないよ。
とにかくこれでもう武蔵野第一との試合は終ったんだ。
阿部の乱調も直るだろうし、今日までの精神的疲労はすべてこの雨に洗い流してもらって
明日からまたがんばらなきゃね。さーて、さっさと帰るとしますか。
そんなわけで足取りも軽く球場の出口に向ったんだけど、
そこで武蔵野第一の選手たちと鉢合わせしてしまった。
急な雨で中止になったもんだから、お互いに離れた駐車場で待機してるバスを
呼びださなきゃならなくて。しかも雨が降ってるから、バスを待つために
屋根のある場所を選ぶと自然と両校とも近い場所にかたまってしまうというわけ。
・・・うわー、神様はまだまだオレらに試練をあたえるつもりみたいだよ。
だって、ほら、当然榛名さんもここにいて、しかも退屈してきたのか
ふいにこっちを見ると、阿部のところにやってこようとする。
結局さ、榛名さんはこれといって阿部に含むものはないんだろうね。
春大会やさっきだって、オレらが勝手にその姿にビビらされただけで、
榛名さん自身は阿部にケンカをふっかけようとしてるわけじゃない。
というかむしろ、かまおうとしていて、それに阿部が必要以上に逆らうから
一触即発の雰囲気になっちゃうだけなんだ。
しかし、そのことに懲りもせずに阿部に近づいてくる榛名さんってどうなんだろうね。
それってつまり阿部のことを気に入ってるってことなんじゃないのかなー、
なんてことを考えている間に、ほらまた阿部にちょっかいを出している。
「ったくよー。せっかくのレンシュー試合だったってのに、
一球も投げらんなかったじゃねーか。タカヤのせいだぜ、こんな大雨」
「何でオレのせいなんすか。どうせあんたの普段の行いが悪いからでしょ」
「んだと、オレが晴れ男だってこと、お前だって知ってんだろ」
「知らないです。そもそも一個人によって常に気象が左右されるわけないでしょ。ばかばかしい」
「てめー、その口、この場でふさいでやろうか」
「やめてくださいよ」
榛名さんに腕を掴れた阿部は、怒っているのか顔が赤くなってる。榛名さんを鋭く睨みつけて、
手を振り払うと逃げるように後ずさった。
「オレにかまわないで、さっさと武蔵野メンバーのとこに戻ってください」
「いーじゃねえか。せっかく会えたんだし」
「せっかくも何も、いつも好き勝手呼び出してるじゃねえか」
低い声でぼそりと阿部が呟く。
オレはたまたま近くにいたからかろうじて聞き取れたような小さい声だったんだけど、
あれ?まさか阿部って榛名さんとふだんから会ってんの?仲悪いんじゃなかったの??
「こら、榛名いいかげんにしろ」
首を傾げていると、どうやら榛名さんのお目付け役らしいメガネの捕手の人がやってきて、
榛名さんをたしなめる。
「うっせーな。秋丸。邪魔なんだよあっち行け」
「ごめんね。タカヤ君。いつも悪いねえ」
「いいです。また何かあったら話、聞いてくださいね」
「うん、いいよ。いつでも連絡しておいで」
どうやら捕手同士で気が合うのか、阿部とメガネの捕手の人は仲がよいらしい。
そういやさっきもメールしてたんだっけ。
いいなあ。オレも他校のレフトと悩みをわかちあってみたいねー。気楽そうに見える外野にだって
それなりに悩みがあるんだよ。なんてねー。
「おい、待て。お前らなんでそんな仲いいんだよ」
二人で話し込んでいる阿部たちにむかって、ふてくされたように榛名さんが告げる。
「それはもう、ねえ」
メガネの捕手の人は、困った子供を見るような目で榛名さんをしみじみ見てから、
無言のまま阿部と二人で頷きあった。これは捕手同士の連帯感ってやつなのかなー。
「んだよ。秋丸、てめータカヤに手だしてんじゃねえだろうな!」
「秋丸さんがそんなことするわけないでしょ。あんたじゃあるまいし」
「タカヤ、なんでそんなに秋丸の肩ばっか持つんだよ。
やっぱお前が浮気してんじゃ・・・・いってーな」
「そういうこと言うなっつってんだろ!」
うわ、すげー。
阿部が遠慮なしに榛名さんの足を踏みにじった。
それにしてもね、さっきから気になってるんだけどさー。この二人の会話ってどっかおかしくない?
なんていうか先輩後輩っていうよりも、あの、その、いや、でも、まさかだよねー。
「だいたい、すぐそうやって隠そうとするとこが怪しいじゃねえか
おーい、気をつけろよ秋丸。なんせタカヤは昔っからインランだからなー」
榛名さんがおっきな声でそういったとき、阿部の体からブチッて
ありえない音が聞こえたような気がした。
そのまま人を殺しそうな凶悪な視線を榛名さんにむける。
阿部、目がイッちゃってるよ!もしかしてこれ、完全にキレてるとか?
うわわ、どーしよう、とりあえず花井に助けをもとめようとしたとき、
とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「誰がインランだ!だいたい最初に押し倒したのはあんただろ!このケダモノ!!」
・・・・え?
「んだと、アレはお前が泣いて誘ったからじゃねえか」
「誰が誘うか。だいたいあんときオレ12だぞ!ありえねえだろ!」
えええっ???
「だから最後までやんのは結構待ってやったじゃねーか」
「当然だろ。加害者がいばんな!だいたいこの前だってイヤだって言ったのに
力任せにやりやがって。オレがあのあとどんな大変だったって思ってんだよ」
えええええええええっ???
「うっせーよ。女じゃあるまいし、いつもいつも、もったいぶって
さっさとやらせねーからいけないんだろ」
「女じゃねーからこっちは後が大変なんだよ!」
「だから手伝ってやるって言ってんだろ」
「絶対いらねーよ。あんた手伝いっつって、そのまままたやるだけじゃねーか」
「しかたねーだろ。お前がカワイイ声だすんだもんよ」
「人のことカワイイとか言うな!このエロオヤジ!」
・・・・・。
えーっとね。その後も阿部と榛名さんの赤裸々な口論は延々と続いてるわけなんだけどね、
まあなんていうか、うん、その18歳未満立入禁止状態なもんでね。
あ、でもオレらみんな18歳未満だよ。うわ、どうしようー。
お願いだから、そろそろ誰かあの二人を止めてくれないかなー。
これってある意味、暴力沙汰よりすっごい不祥事って気がするんだよね。
というかね、いっそ殴りあいでもしててくれたほうが、こっちも仲裁しやすかったのに。
こういうのを、夫婦喧嘩は犬も食わないっていうの?あ、違う?
いや、なんかもう、とにかくね、これ以上聞きたくないっていうかね。
そもそも聞いてしまったこともすべて忘れてしまいたい気分なんだよ。オレは。
バスの手配をしに行って、ここにいない篠岡が心底うらやましいなー。
しかし、キレて我を失った人間ってこんな恐ろしいもんなんだね。
まさか阿倍の口からこんな衝撃的な話を聞くことになるなんて思わないじゃない。
はー。そっか、阿部。ほんとは榛名さんとそーいう関係だったんだ。
じゃあさ、いつものあの榛名さんに対する不機嫌そうな態度はなんだったの?照れ隠し?
何それ、いくらなんでも素直じゃないにもほどがあるんじゃないの。
びっくり、なんてもんじゃなくてさ、もうオレの頭の中は真っ白になっちゃってるよ。
どうしてよいかわからなくて、まわりをみれば、オレら西浦メンバーはもちろん、
武蔵野第一の選手達も、どんな対応をしたらよいのかわからないって様子で、
言葉もなくただただ無言で、げんなりと互いの顔を見合わせていて。
うわー、オレら今、心が一つになってるよ。確実に。
でもこの輪に入っていないのも三人だけいて、まず、阿部と仲のよさそうなメガネの捕手の人。
どうやら二人のコト知っていたようで、こめかみ押さえて、ため息をついている。
それから、のほほんと会話するうちの大物が二人。
「なーんだ、阿部。やっぱり榛名と仲いいんじゃねーか」
「阿部君と榛名さんは、な、仲良しだ」
ほらねーといった表情の田島に、三橋がこくこくと頷いている。
いや、もうこれ、仲良しとかいうレベルじゃないからね。
とはいえ、このときばかりはさすがに田島と三橋がうらやましくなっちゃったよ。
はあー、明日からオレ、どんな顔して阿部と接すりゃいいのかな。
その後、バスが来て、我に返ったときの阿部の落ち込みようといったら、
オレがあの伝説的なエラーしたときの比じゃなくて。
それから、これ以上はないくらい真っ赤になって黙り込んだ阿部の姿が
すっごくかわいかったってことは、口が裂けても絶対言えないことだねー。